命の尊さ
ごめんください。
わけあって入院・手術となり、25日間程病院生活を過ごして参りました。
急だったので社長はじめ、会社のスタッフの皆さんには大変な御迷惑をおかけしてしまいました。
特に若女将には何から何まで助けてもらい、感謝しかありません。
この先いつになるか、また手術の予定ですが、準備計画を万端にして挑みます。
孫達からは動けないから退屈しないようにと、自分達の本をたくさん持って来てくれ、若い世代に戻り、読みふけてしまいました。
その中で、特攻隊として散った方と、タイムスリップして出会った女子中学生との物語にはまってしまい、涙が止まらず、のめり込んでいました。
特攻隊と言いうと、実家の母の姉の御主人が軍人で、特攻として戦い、そのまま天に召されたので、改めて感慨深かったです。
おばさんは教師をしながら、父親を写真でしか知らない子供二人を大学まで入れ、しっかり育てました。
おばさんの家の茶の間には、男前の軍服のおじさんの写真が飾ってあり、遊びに行ってもおじさんの話はすべきでないと、小さいながらに感じておりました。
二人の生活はほんのひとときでしかなかったのでしょうが、おばさんにとっては大切な、貴重な日々だったと思います。
長男のおにいちゃんの結婚を機に東京に引っ越し、私の大学の時はよく遊びに行きました。
何でも出来る器用なおばさん。
可愛いフランス人形のぬいぐるみを手作りしてはプレゼントしてくれたり、一緒に料理や菓子作りを楽しんだり…
そんな中で、戦争の映像がテレビに出るとすぐチャンネルを変えました。
戦時中は、国のために命を捧げることが尊厳のある立派なことだったのでしょうが、決して口に出さずとも、おばさんだけでなく、誰もが心の中では逆であったと思います。
何十年経ってもおばさんにとっては、触れたくない思い出したくない現実だったのです。
鷲田の母の弟のおじさんも特攻で、いよいよ飛び立つという前日に終戦となり、家に帰って来ても外に出られず、屋根裏部屋で3カ月程生活していたと母から聞いたことがあります。
『バンザァーイ』『バンザァーイ』
と村中の人たちに送ってもらった手前、生きて帰ってきたのですから、当時はとても恥ずべきことだったのでしょう。
芯が強くて、口数の少ない寡黙なやさしいおじさんは、夫も私も大好きな存在でした。
思いがけず、孫からの本で戦争のこと、家族のこと、平和であることのありがたさを、この入院生活で深く考えさせられました。
悲しいことに、今も世界のあちらこちらでの争いで、命がぞんざいに扱われています。
全ての人が健康で、平和で、命のありがたさを尊ぶ世の中でありますようにと、心から願わずにはおられません。