合資会社鷲田民蔵商店
合資会社鷲田民蔵商店
初代民蔵
初代民蔵二男利英
明治後期の中庭での写真
二代目民蔵
明治27年日清戦争時の店舗前での写真
三代目民蔵

鷲田民蔵商店のちょっとした歴史とお話・・・

勉学を好み若年の頃、国学者の鈴木重胤(1812~1863)に学んだ初代鷲田民蔵(たみぞう)は
明治元年(1868)、日本屈指の米どころであり自然豊かな庄内平野の魅力のもと、味噌醸造業として創業。
その後、まもなく醤油、あま酒、お酢の製造も手掛けて参りました。
初代民蔵(たみぞう)の二男である利英(としひで)は旧荘内藩家老家との義理兄弟を結び博物学者となりました。

長澤利英についてはこちら

遠州流を学んだ二代目鷲田民蔵(たみぞう)が継いだ
明治時代中期、味噌を自給する風習が衰退してきた過度期。
成長性が期待される産業として発展していきました。
学校給食発祥の地、また、旧荘内藩主酒井家の菩提寺がある山形県鶴岡市大督寺。
明治22年(1890)、大督寺境内に私立忠愛小学校を設立し学校給食が始まったとされ、弊社はその当時から、学校給食に携わってきたと言われており、現在も山形県庄内地域の学校給食に携わらせて頂いております。
軍人であり、日本の書家松平穆堂(1884~1962)との由縁も深い三代目鷲田民蔵(たみぞう)は、物資不足だった戦時中の混乱にも耐えて参りました。
鷲田民蔵商店は三代目まで代々民蔵(たみぞう)を襲名し、時代背景が変化する中、四代目、五代目、六代目へと、代々受け継がれる技と味を先代から未来へ、本物とは何かを追及し続け、食卓のおいしい未来を目指し続けます。